『学校は負けに行く場所。』『仕事は楽しいかね?』では、たくさんの失敗をすることが、成功への最短コースであると説いています。自然界もそうであるように、1つのすぐれた方法で確実に結果を出すなどということは、現実にはありえないのです。
どんな偉人伝を見ても、その成功はたまたまではなく、生まれつきでもなく、ひたすら失敗や挫折を繰り返した結果にすぎません。伝説や神話や昔話でも、一直線に成功したという話はありません。
現代の、文明社会に住む私たちは、「最小の努力で最大の結果を得る方法がある」とか「ゴールを目ざして一直線に突き進むような成功がある」とか考えがちですが、そんなものは、はなからありません。現代でも、何かで成功した、うまくいった人たちは、人並み以上に失敗や挫折を重ねています。凡人と成功者の違いは、失敗の重ね方にあるといってもいいでしょう。
凡人は、失敗を怖がるあまり、いつまでたっても同じような失敗を繰り返しています。「最小の努力で最大の結果を得」ようとする人は、「最大の努力で最小の結果を得」ることになりがちです。たくさんの失敗を重ねることこそが、「最小の努力」そのものなのです。
『学校は負けに行く場所。』を最も優れた教育書である、『仕事は楽しいかね?』を最も優れたビジネス書であると評価する理由は、そこです。
[004]で「神の正体はエラーである」と言いましたが、これを軽く考えないでほしいです。言い換えると、「この世のすべてはエラーであり、エラー以外には何もない」という意味なのです。
日本人の古典的、伝統的な価値観、世界観からは、あまり違和感がないと思いますが、この世には、安定や不変はどこにも何もなく、あらゆるものが変化し続けています。どんなものも劣化や老化は避けられず、崩壊、消滅、死は必ず訪れます。物質を構成している最小単位の素粒子の正体は「振動しているひも」ではないかという「ひも理論」が物理学の有力な説になっているようですが、素人目にも、面白い話です。だって、宇宙空間のすべては振動や回転などの運動でできている、ということになるのですから。
となると、エラーという言い方はあまりふさわしくないです。[006]で、「ふつうに生きられない人たち」にふれましたが、これを「エラー」などと表現するのはたいへん不適切です。そもそも、現代人は、何かが一直線にうまくいくという現実離れした考えを持ちがちなので、そうではないものをネガティブにとらえがちで、それにあわせてエラーという表現を用いてきました。
私はもともと「エラー」をネガティブとは思っていないので、素直に言い換えましょう。「神の正体はチャレンジである」そして「この世のすべてはチャレンジであり、チャレンジ以外には何もない」のです。
物理学のひも理論は、私流にいうと、チャレンジ理論です。
エラーとは、現状を変えようとするエネルギー、安定を破ろうとするエネルギーなのです。小さなエラーも、大きなエラーもあります。私たちは、なんでもないようでも、日々、ささやかなエラーを繰り返しています。それをエラーと考えてしまう、失敗と考えてしまう。うまくいかないなどと短絡的に考えてしまう。だから、エラーがエラーなのです。そうではなく、現状は変わり続けるものですから、変化が当たり前であって、それはすでにエラーなどではなく、未来に向けたチャレンジなのです。
そもそも変化には、善悪も正義も正しい・間違いもあるわけがありません。人間が、変化に対して価値や意味を与えているだけです。
チャレンジは、1つやって1つうまくいくなどというバカげたものではありません。10回やって1回うまくいくか、100回やって1回うまくいくか、1000回やって1回うまくいくか。チャレンジのすべてが変化です。小さな変化が積み重なって、大きな変化になる。これこそが、最短の、最も効率の良い成功哲学です。