017 王子さまはレジスタンス

『星の王子さま』は、単なる幻想的なファンタジーではなく、強烈なレジスタンスです。

017-21938年、ナチスドイツがオーストリアを併合後、軍事行動を拡大し、1939年9月にイギリスとフランスがドイツに宣戦布告し、第二次世界大戦が始まりました。1940年6月、パリが陥落して降伏、ドイツに協力的なヴィシー政府が誕生しましたが、ド=ゴールらは降伏を拒否し、ロンドンに亡命政府(自由フランス政府)を組織し、抗戦を呼びかけました。フランス国内はナチスの暴力に蹂躙され、悲惨な状態でした。が、もし、降伏せずに徹底抗戦していたら、もっと悲惨だったかもしれず、ヴィシーの評価は分かれるところです。

ナチスドイツは、ヨーロッパの大部分を支配下に収め、なんとか抵抗を続けていたイギリスも陥落は時間の問題かと思われていたところ、1941年12月に日本が真珠湾を奇襲したことでアメリカが参戦し、ヨーロッパでは連合軍側が反攻します。1943年2月、ドイツがソ連で大敗した後は戦局が完全に転換し、1944年8月にパリが解放され、ド=ゴール臨時政府がパリに移転し、1945年、ドイツが降伏してヨーロッパの大戦は幕を閉じました。

サン=テグジュペリは、第二次世界大戦勃発時には偵察飛行大隊の一員として任務を遂行し、フランス降伏後、動員解除されニューヨークに向かいました。『人間の土地』刊行は、戦中の1939年です。アメリカに2年間滞在し、1943年4月に『星の王子さま』がアメリカで出版されました。サン=テグジュペリは連合軍に参加しようと奔走し、1943年3月に移動証明書が出て、4月にアルジェに到着し、元の偵察部隊に復帰しました。1944年7月31日、偵察飛行中、消息を絶ち、帰ってくることはありませんでした。

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(箱根の「星の王子さまミュージアム」の展示)

 

サン=テグジュペリは『星の王子さま』執筆時には、異国の地において、祖国への思いが募っていました。難を逃れての亡命ではなく、戦争に参加することを懇願していました。その状況での作品なので、牧歌的メルヘンであろうはずがありません。しかし、作品中、戦争を思わすような場面や描写は見られず、愛国もみられません。

『星の王子さま』には、サン=テグジュペリの魂が込められ、それがゆえに、世界中で愛読されているのでしょう。私もそうでしたが、世界中の読者のほとんどは、あの作品が戦争とは結びつかないはずです。メタファーは、直接的な表現よりも、訴求力が激しく、強いです。それとはわからぬながらも、世界中の多くの人が、サン=テグジュペリの魂に共感していることは間違いありません。

1939年から1944年の死までの書簡等が『サン=テグジュペリ・コレクション 戦時の記録』全3巻として邦訳されています。ここには、サン=テグジュペリの直接的な言葉が多数掲載されており、『星の王子さま』を読み解く上で、たいへん参考になります。

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とくに第1巻の『平和か戦争か』は第二次世界大戦勃発、フランス降伏あたりで、サン=テグジュペリは、戦争の意義について悩み続けます。フランスは、ナチスに協力的なヴィシー政府と、徹底抗戦のド=ゴール亡命政府に分裂し、フランス人同士の戦いまで生じます。サン=テグジュペリは、そのことにも胸を痛めます。

もちろん、サン=テグジュペリはヒトラーを断罪しますが、憎む、というような感情的な表現は見られません。そして、ヴィシー政府にもド=ゴール亡命政府にも賛同することができず、煮え切らない態度を在米フランス人から責められもします。ド=ゴール亡命政府につかない理由は、フランス人と戦いたくないというようです。

サン=テグジュペリにとって、戦争は何でしょう? 『平和か戦争か』に見られます。

「われわれの戦争目的とは? それはわれわれの実質自体を防衛することである。われわれの法律以上に、われわれの石造建築物以上に、愛国的で善良な宣伝のなかに周期的に立ち返ってくるラ・フォンテーヌの寓話以上に。われわれはなにを防衛しているのか? ラ・フォンテーヌの寓話をだ!」

なんと!ラ・フォンテーヌ寓話ですと! 日本人にとっての、カチカチ山とか、浦島太郎とか。

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「われわれが戦っているのは、まさに内面の帝国の境界線上でおこなわれているひとつの戦争に勝つためだ」

そして、こうも言います。

「あなたがたはわれわれに死ぬことを要求する。それもよかろう。だが、われわれの生命より重要なものを示してくれなければ困る」
「他の事物のなかにおのれの表現を見出したときにのみ、ひとは死を受諾する」

サン=テグジュペリは、国土や国家を防衛するのではない。心を防衛するのだ、と言っています。ナチスは心を破壊するのか。それはそうでしょう。心も肉体も、何もかも破壊します。では、当時のフランスは心を防衛する戦いになっていたのか? サン=テグジュペリから見ると、そうではなかったようです。

心を防衛するための戦いを呼びかけるのですが、なかなか理解されなかったようです。それが結晶したのが『星の王子さま』だろうと、私は見ています。そしてまた、心を防衛する戦いとは、必ずしも戦争だけではありません。じつは、シンギュラリティもまた、そのようなものではないでしょうか。ナチスと違い、シンギュラリティは破壊者ではありません。心の防衛に成功すれば、私たちの強力な味方ともなりうるでしょう。

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