子育て | 今日もいい天気のブログ記事

普通のきょうだいよりも一緒に過ごす時間が長い我が家、いつも仲良くいてくれたらいいのですが、もちろんケンカもします。

それが今回はちょっと違っていました。長女と次女が三女を無視。いや正確に言えば、長女は無視で次女は適当に相手はするけれど三女よりも長女優先という感じで、結果的に三女が仲間はずれの状況が続いたのです。

あからさまに母である私の前でも三女をのけ者にしているので、当然嫌な気分になります。
それに私自身末子なのでどうしても末子の気持ち寄りになってしまう部分もある。なおかつ、子どもの頃のトラウマが甦ってきて、かばってしまいたくなる。

なので三女が泣きながら助けを求めに来ると、最初は冷静に話しを聞いているつもりでも、仕舞には、姉たちに嫌みを言ってみたり、脅し文句を言ってしまったり…。が、長女も次女もそんなことでは凹まないくらい年齢もあがってきた。はてさて、困った、どうしましょう~~

と思っていたので、父にふってみた。お父さんは有無を言わさず姉たちに「仲間に入れられないならそこで遊ぶな~」と一喝。姉たちは半分ふてくされながら子ども部屋に移動。姉たちだって、三女を仲間はずれしたくなる理由はあるのだろう。

そんな感じのまま食事の時間になり、長女と次女はムスっとしたまま、三女をにらむ。そこで父が長男にこういった。
「こんな身近で仲良くできないのなら、世界平和なんてくると思うか?国と国との戦争もこれと同じだぞ。きっかけなんてささいなこと。あっちがずるい、こっちがずるい、あいつが自分より上なのがにくたらしい…こんなくだらない理由から戦争になるんだぞ。」と。
ふだんから口癖のように“世界平和”を望んでいる長女には一番イタイ言葉だったかも。。

今回のケンカは長男には戦争について考える時のいい見本となった。

実は昨年9月の安全保障関連法の強行採決以来、長男は戦争と平和について深刻に心配するようになりました。「どう考えても戦争はばかげているのに、なんで戦争なんかするのか?」と度々父に質問していました。「そんな質問に簡単に答えられるくらいなら世界から戦争はなくなっている。」としか父も答えられません。
その流れでこの状況に遭遇したのです。

父は日頃から「私たちの心が戦争をつくっている…。誰かが勝手に戦争を始めて国民は被害者の立場だというのも一理あるとしても、それだけてなく、やっぱり私たち一人ひとりが戦争をつくりだしている…」「家族や友達、身近な人と仲良くできなくて、平和などあるはずはない」と子どもたちに言っています。

さすがに長男も長女も認めざるを得なかったようです。

世間では、人文社会系の学問を軽視する風潮が強くなっています。その中でも、哲学、文学、歴史といった、お金につながらないと見える分野は、無価値で邪魔者扱いされるようです。

まったくもって、とんでもない。哲学、文学、歴史こそ、知性に他なりません。知性とは、知識ともスキルとも技術とも経済とも違います。人間が人間たることの根本です。歴史上、知性をないがしろにした国家や政権はいくつもありますが、その文明は後退、または衰退、または滅亡しています。

というのが、私の持論です。

20160124_IMG_1302さてさて、12月6日、伊賀上野の忍者屋敷と上野城へ子どもたちを連れていったその足で、とうぜんのごとく、同じ上野公園内にある芭蕉記念館へも行きました。伊賀上野は、松尾芭蕉の生誕地です。

そこにあったクイズに娘たちが挑戦したところ、職員さんが非常にていねいなご対応をしてくださり、入館料をうわまわる景品まで頂戴し、いたく感激しました。

その芭蕉記念館で、1月24日にカルタ大会が催されることを知ると、娘たちは参加を熱望しました。地域外になりますが、問い合わせをすると、どうぞとのことで、娘3人の参加を申し込みました。

それからというもの、娘たちは、燃えに燃えて、芭蕉のカルタで練習したいといい、俳聖カルタを買ってやると、猛特訓を始めました。私は、勝負に勝つことなど求めていないし、楽しんでくれたらじゅうぶんと思っているのに、娘3人は、星飛雄馬なみに燃えていました。読み手1人と取り手2人を交代しながら、わずかの期間に50回を越える実地訓練。あまりに激しすぎて、爪で手をけがするなどのエキサイトぶり。親はノータッチです。さすがに、50句ほどの大部分を暗唱してしまいました。

ちょっと私は不安を覚え、こんな話をしました。

「あなたたちが馬鹿にされるのはかまわない。でも、絶対に人を馬鹿にしてはならない。昔話でも伝記でもみてみろ。人を馬鹿にして幸せな人生を生きた人はいない。馬鹿にされて幸せな人生を生きた人はざらにいる」

さて、当日。伊賀上野へ向かう車中で、娘たちに念を押しました。

「あなたたちが、ぼろ負けするなら、それでよい。もし、あなたたちがぼろ勝ちするようなことがあったとしても、絶対に他の子たちを馬鹿にしてはならん。あなたたちが悔しい思いをするのはかまわない。でも、他の子たちの心をくじくようなことをしてはならん」

長女はすかさず、「だいじょうぶ。そんなことするわけないやん。わかってるよ」

次女も、「ぜったいだいじょうぶ」

集合時間よりかなり早く、1番に会場へ到着。

20160124_IMG_1306参加した子は17人。おおむね学年ごとに4つのグループにわかれます。娘たちは、それぞれ別グループです。

カルタは、俳聖カルタではなく、芭蕉記念館のオリジナルのようです。娘たちが知らない句もありました。とくに次女と三女が緊張しており、ぜんぜん力を発揮できないかな、と見えました。伊賀市ケーブルテレビと新聞記者も取材に来ていました。

親は、別室でお茶の体験です。作法を教わりながら抹茶を頂き、お菓子を頂きました。

20160124_IMG_1313その間、カルタは進行中で、カルタ部屋へ戻ってみると、白熱(?)の戦いが繰り広げられています。

甘えんぼうの三女も、しっかりと戦っています。というか、ぶっちぎりじゃないですか。あきらかに、低学年では、慣れがものをいうようで、他の子が動くより先に、三女がゆうゆうと札をとり続けています。

中学年の次女は、男の子2人を相手に、これもぶっちぎり。

長女は、さすがに高学年が相手。他の子もかなりやります。というか、長女は、家でやっていたときとは大違いで、かなり遠慮気味です。

結果。長女は4人グループ中2位。次女は3人中1位(1人で半分以上の札をとりました)。三女は5人中1位(3分の1をとりました)。次女と三女は圧勝です。

20160124_IMG_1353各グループの1位には、景品がありました。芭蕉の一筆便箋です。全員に参加賞として芭蕉クリアファイルとノート。

順位が問題ではありません。私が問題にしたのは、勝ち方、負け方です。勝ち負けも、どうでもいい。事前の自主的な特訓(?)を見ていると、娘たちは、勝つことに執着しているように見えました。ケガをしても、ケガをさせてもかまわないというほどに。しかし、当日は、3人とも、他の子たちを押しのけてでも勝つという態度を見せず、その場を楽しむことに終始しました。三女は、最初の1枚をとったときに、今日は1枚しかとれないものと思ったそうです。

いちおう、勝負なので、わざと負けるというのは失礼です。相手を尊重しながら一生懸命取り組んで、勝つなら勝てばいいし、負けてもいい。

次女も三女も、そのように取り組んでくれたのが、とてもうれしい。

長女は、1位にならなかったけど、勝った子を称えていたし、次女や三女をねたむこともなかったのがすばらしい。家での特訓ぶりをみていると、長女は本番で遠慮していたように見えます。もし、本気でやっていたら、違う結果だったかもしれません。手抜きではなく、やや自分にハンディを課していたように見えます。

私は、勝利をほめたりしない。わざと負けることを推奨することもない。勝負よりもっと大事なことをつかむこと。それができればすばらしい。

他の子たちも、それぞれが楽しんでいるようすでした。それがうれしい。

この世は競争原理だなんて信じ込んでいる人も少なくないようです。そんなことはない。この世は共生原理です。それは、平等とか公平とか正義とかとはちがう。あるとき、勝ち負けがでようとも、それは、共に生きることの形に過ぎない。

今日、娘たちは、それを学んでくれたように見えます。もし、本当にそうなら、親として一番の喜びです。

ひとつき前くらいから家族で『昔話』についてのブレインストーミングをしています。

我が家では“世界の平和のために日々出来る事”を考えてきたのですが、昔話や古典、神話などが21世紀の世界にとって非常に大きな意味を持つのではないかと感じるようになってきたことがきっかけです。

うちの子どもたちは赤ちゃんの頃からの読み聞かせをしてきたことと、ホームスクーリングであること、またそれにより子どもたちが本好きであることから、我が家にふさわしい取り組みだと思っています。

毎回テーマに取り上げる(日本も含め世界中の)昔話は子どもたちの意見を聞いています。

なぜかこの手の話題になると子どもたち皆積極的になり、テーマだけでもあっという間に何十もの意見がでてきます。

おそらく長男・長女・次女あたりは私よりも多くの昔話を読んでいるのと、私よりもいろんなジャンルの本をたくさん読み込んでいるので蓄積が違うのだろうと思います。

日本の昔話には割合と教訓的なお話も多いのですが、外国の昔話の中には歴史・文化・宗教を理解していないとわかりにくのはもちろんのこと、一体何をいいたいんだろう??と思う終わり方の昔話も多いです。

そんなことも含めて、どうしてそういう話が伝わっているのか、どのような気持ちでその話は伝えられてきたのか、また世界中に似たような話が点在しているのは何故なのかも含めた話をしていると、時間はつきません。なのであえて30分くらいで打ち切るようにしています。

我が家のホームスクーリングの方針に、受身ではなく自ら考え自ら学ぶというスタイルを徹底しているので、子ども相手にブレインストーミングが成り立つのだと思います。

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昔話研究家の小澤俊夫さんの本やラジオはとても参考になります。

昔話というのは「子どもの育ち方」・「命について」・「人間と自然との関係」を語っているものなのだとか…。

子どもにどんな本を読んだらいいのか迷っている方にもとても参考になると思います。一口に昔話といってもとても奥深いです。

我が家の末っ子トウコちゃん。本日で7歳になりました~☆彡

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トウコが生まれる前の1か月、私は病院に(逆子と切迫早産で)緊急入院することになり、家族と離ればなれの年末年始を過ごしました。

まだ幼かった子どもたち3人残し、予定日は1月の下旬だったので「いつ家に帰るのだろうか…」そればかりが気になっていました。

モモさんも仕事と子どもたちの世話と家事と…それはそれはたいへんだったと思います。

モモさんもとうとう限界、そろそろ家になんとしてでも帰って来て欲しい…と話していたのを聴いたのかどうかわかりませんが、、

7年前の1/5の夜中に無事生まれて来てくれたのでした。

4人兄妹の一番下で、親が手を抜きすぎたせいもあってか、、どうも同じ年の子と比べると幼いような気がしなくもないのですが、、

それはそれでトウコの個性かな、とも思います。

甘えたさんで泣き虫ですぐに癇癪起こすけど、ちょっぴりおませさんなトウコちゃん。お父さんもお母さんも大好きだよ。

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さてさて、ここからはお父さんが書きます。

トウコが大好きなルルロロのキャラターケーキを注文して、できあがったのが、このすてきなオーダーメイドケーキ。

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トウコ、大喜びでした。ルルロロのお顔、マドレーヌでできていて、全部食べられます。もちろん、トウコのものです。

ただ、どうしようもないことに、おやじには、ルルロロの顔がこう見えてしょうがない・・・

 

昨日、母と娘たちがクラシックコンサートに行ったそのとき、父と息子は、名阪スポーツランドへ、近畿モトクロス選手権を観戦に行きました。

じつは、父は、若い頃、オフロードバイクのエンデューロレースに何度も出たことがあります。道路を走ることのできるバイクでモトクロスのまねごとをする、といったらだいたい近いでしょうか。

momo、ジャンプ momo、チェッカー
父、ジャンプ 父、チェッカーを受ける

息子にバイクに乗らせたいというわけではなく、こんな世界もあるという経験をさせたかったのです。息子も、行ってみたいと、熱望しました。オヤジ、うるうるです。

ついでに、お天気もうるうるでした。朝から、かなりの強い雨。野球と違って、モトクロスは、雨天中止になりません。長靴はいて、傘をさしての観戦です。

最初は、kids50クラス(小学3年生以下)です。アップダウンを少なくしたハーフコースです。とはいえ、激しい雨の中、ジャンプを決め、華麗なコーナーリング。とても幼い子たちとは思えない走りっぷりです。つづいて、kids65クラス(小学5年生以下)。マシンもひとまわり大きく、コースは大人と同じフルコース。このクラスになると、モトクロスを始めたばかりの大人では太刀打ちできません。

kids50のジャンプ kids65のバトル
kids50のジャンプ kids65のバトル

 

つづいて、ジュニアクラス、国内B級、国内A級、国際B級です。

昼から雨が上がり、午前中のマッドコンディションが急速にドライに近づきましたが、午前中の走行により、深いわだちがあちこちにできています。午後は、ジャンプもコーナーリングも激しくなり、熱い闘いが繰り広げられました。

スタート直後 ジャンプ
コーナーリング  
   

さてさて、息子の感想はというと・・・

「もっと激しいものだと思っていた」と、物足りなさそうでした。

どんな感想を持とうと自由ですが、父は、ちょっとした違和感をもっていました。今日になって、その違和感が、判明。息子は、傍観者の目だったのです。

父は、その昔、大型二輪免許の取得が非常に困難だった頃、半年かかって免許を取得しました。ナナハンに乗っているだけで、尊敬やあこがれのまなざしを集めたものです。ストリートライダーとしては、最高のステータスです。泣く子も黙る、ナナハンライダーになりました。その勢いをかって、オフロードバイクにも乗り始めました。750ccに比べれば、ちょろいもんだと、なめてかかり、250ccのXLXを購入しました。さて、オフロードバイクのクラブに参加して、初めてのオフロードライディング。他のメンバーがなんでもなしに走る直線コースで、ナナハンライダーの私は、こけまくり。オンロードのナナハンライダーは、オフロードでは、まるで通用しないと知り、屈辱と衝撃に打ちのめされました。それ以後、オフロードバイクの練習を重ね、徐々にレースにも出場するようになっていきました。

息子に尋ねました。「雨の中、いちばんちびっ子たちが走っていた、ぬかるんだコースを、お前は、自転車でこけずに走ることができるか?」

とうてい無理です。オンロードライダーが初めてオフロードバイクに乗ったなら、たぶんちびっ子に勝つことはできないでしょう。というか、無事に1周することも難しいかも。雨中であれば、たぶんちびっ子コースを1周することは無理でしょう。

昨日レースに出ていた選手たちは、日ごろ、かなりの練習をしています。ちびっ子たちも、たぶん、家族ぐるみ、生活の大部分をモトクロスに費やしているだろうと思います。どんな道にも、それまでの物語があります。そこへ思いをはせることが大事なのではないか。興味があるかどうかとは関係なしに。

娘たちが行ったコンサートもそう。その演奏に至るまでの、長い長い物語が、それぞれの演者にあるはず。

その物語が美しい、と、私には思えるのです。

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