2016年9月 | 今日もいい天気のブログ記事

私は今のインターネット(SNS)を否定しているのではありません。中には上手にSNSを使って自分の生き方を表現されている人たちもいるなぁとドキリっとすること、あります。
ただ何にでも言えることですが、皆が皆その「あり方」が合うわけではない。

私が世界を広げてくれるはずだったインターネットを狭く感じるようになったのは、だれもが簡単に情報発信できるようになって、瞬く間に情報量も増えたために、キュレーションという言葉がでてきたあたりかもしれません。

キュレーションとは…(コトバンクより引用)
IT用語としては、インターネット上の情報を収集しまとめること。または収集した情報を分類し、つなぎ合わせて新しい価値を持たせて共有することを言う。
 

自分で情報を探すのが苦手な人や時間がないという人はキュレーションやキュレーションメディアが役に立つこともあるでしょう。

ただ、私は「情報」は自分で選びたいんです。だれかが選んでくれた情報はいらないんです。

なのに、今のインターネットはどこも(特にSNS)は、勝手に情報を選んで私たちに見せてくれています。どんな情報にも対等に接することができたインターネットのはずなのに、自分が接する情報を誰かが選んでいるのです。ネット上で接することができる人間さえもだれかが選別している。そしてどのように接するのかさえ。

その中にどっぷりつかり込んでいたら、そんなものだと思ってしまうしくみになっている。若者たちが疑問を持たなくても不思議ではありません。

キュレーションメディアが悪いのではなくて、アクセス数の少ない個人のブログやサイトと対等な情報だと受け止めれば何の問題もないでしょう。

フォロアーや友達の数が多い人の情報とフォロアーや友達の数の少ない人の情報が対等だと考えれられれば問題ないんです。

私にとって重要なのは、主体的にインターネットを使えるかどうかなんです。

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家入一真さんの『さよならインターネット』を読んで感じたことを3回に分けて綴ってみました。この本は共感する部分がかなり多いけれども、すべて共感というわけでもないです。特に最後の方など。そして家入さんのTwitterなども見てみたけれど、あんまり興味ないです。家入さんはプラットフォーマーとして常に提供する側の立場であるからなのかな、とも思う。

私は社会人として働いていた3年目の1995年、大学受験で失敗したあとも学びたかった心理学を仕事帰りに勉強しに行くことにします。カウンセラーの方が開いていた私塾のようなものだったので、受講しに来られていた人たちも、自分の仕事や人間関係に役に立てば…くらいの社会人が多かったように思います。心理学の基礎知識やカウンセリングの簡単なワークを学び体験するうちに、私は「カウンセラーになる前に自分が癒やされなければダメなんだ」ということに気づきます。そこでの1年の講座が終わろうとしていた頃「箱庭療法」を体験する機会がありました。

「すごく楽しい!またやってみたい!」というのが、はじめて箱庭を作ってみた時の感想でした。

カウンセリングを受けているわけでもなく、専門医にかかっているわけでもない個人が、箱庭を体験できる「場」はないだろうか。。

そんなことを検索している時に偶然見つけたのです。Sさんのホームページを。まだ個人でホームページを作っている人はごく少数の頃、ご自身が作られた箱庭を掲載していました。私はワクワクしながら見ず知らずのSさんにメールを送っていました。そして箱庭を作れるカウンセリングルームを紹介してもらいます。Sさんも箱庭を作りに行っていたそこに、結局は結婚で関東を離れることになるまでの間(1996年の夏から1999年の春まで)、1カ月に1度、箱庭作りに2年半通いました。

その頃、現実の私には職場にも学生時代からの友人の中にも、心理学を通して学んだことや体験したこと、スピリチュアル系の気に入った本の話などを気軽に話せるような相手はいませんでした。そんな時にSさんから「今度メーリングリストをはじめますが、どうですか?」というようなお誘いを受けます。それがのちにパートナーとなるモモさんと出会った場所『癒やしと気づきのメーリングリスト(以下、気づきのML)』でした。

今でこそ、スピリチュアルカウンセラーや○○セラピストという肩書きの方のブログは数え切れないほどありますが、当時、ネット上でも現実の世界でも、目で見えない世界のこと、心の話、魂の話など話せる場はとても少なかったと思います。『気づきのML』は、年齢・性別・職業・住んでいる場所を越えて、当たり前のようにそんな不思議な話が飛び交っているところでした。またそこで出会った人たちとは現実世界での交流も盛んに行っていました。いわゆるオフ会です。

MLにはハンドル名で参加していた人も多く、本名や顔も声ももちろん知らない、インターネット内でしか知らない人たちと初めて会う時というのは、なんとも奇妙な感じがしました。が、人見知りの私でも、すぐに打ち解けることができ、このオフ会には積極的に参加していました。関東でのオフ会はもちろん、中部、関西、時には海外のMLメンバーにも会いに行ったことあります。

モモさんと初めて実際に会ったのは、1997年の夏でした。私が関西に住んでいるMLメンバーと会うため、夏休みに埼玉から遊びに行ったのです。その時はまだタダのMLメンバーの一人に過ぎませんでした。

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1990年代後半、インターネットの世界は無限の可能性を秘め、それを垣間見せてくれていました。

実生活では出会えないような人たちと出会えたこと、また、距離と時間を越えてつながれる仲間。

インターネットは私にとって、サードプレイス(第1の居場所は家庭、第2の居場所は学校又は会社、それに対する第3の居場所という意味のことば)であり、(家入さんも書いていたけれど)ある意味『聖域』でした。

それがいつごろから崩れ始めたのかな。

2005年ごろ“Web2.0”という言葉が聞かれるようになり、ブログサービスが台頭しはじめ、Googleのサービスがはじまったくらいから、ちょっとずつはじまっていたのかもしれません。

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ちなみにモモさんが『気づきのML』に入ってきたのは、メーリングリストができてから3~4カ月後のことでした。モモさんが作っていた田舎暮らしのホームページを見たSさんから声がかかったと。モモさんは『気づきのML』がどういう人たちの集まりなのかも知らずに、その他のたくさん入っていたメーリングリストの1つくらいにしか認識していなかったと思います。ただ、モモさん曰く、『気づきのML』は他のMLとはまるで違うものだった…と今でも言っています。

インターネットがあったからこそ出会え結婚できた私たちですが、今のインターネットのしくみではたぶん私たちは結婚していなかったでしょう。

私とモモさんがインターネットを使い出したのは1996年、今から20年前のこと。

当時インターネットを使っていたのはパソコンを使う学校・職業・環境などに身を置いていた、どちらかというと少数の人たちだったと思います。

まだ世間では“インターネット”って言葉は聞いたことはあっても、よくわかんない…という人が多かったんじゃないでしょうか。

そんな中で私とモモさんは、とあるメーリングリストを通して知り合い、1999年に結婚しました。

2000年に長男を産んでから、私が妊娠出産育児を繰り返している間にも、インターネットはなくてはならないものとして、独身時代とは使い方が違うものの、常にお世話になっていたのは言うまでもありません。

それが、なんだか違うな…って特に違和感が大きくなったのが、ここ数年。

ちょうどSNSとスマホが普及して、だれもが当たり前のようにいつでもどこでもインターネットができる状態になり出したくらいからかもしれません。

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そんな中、先日モモさんが、こんな本があるよ、と教えてくれました。

『さよならインターネット―まもなく消えるその「輪郭」について』(家入一真著・中公新書ラクレ)

家入さんのことは、2014年に東京都知事選に出馬した時のことと、SNSなどでよく聞く名前だな~程度しか知りませんでした。けれども、

Amazonの内容紹介を見て早速購入して読んでみたら、びっくり。私がモヤモヤ感じていたことが丁寧に詳しく書いてあるーーーーーー!!!!

たぶん、インターネット黎明期から知る人でも、今のインターネット世界についていけている人もたくさんいると思うんです。

でも、私は(たぶん、モモさんも)今のインターネットの世界は合わない。私たちが知り合った頃とはまるで別物になってしまっているから。。。

単純に「昔のインターネットの方がよかった!!今のインターネットはよくない!!」とかいう話ではありません。

家入さんの言うように、インターネットと「さよなら」を言わないといけない時期が来たのかも。。

インターネットの次に来るもの…を最近よく考えています。

今年も3月から野球観戦に行っています。

7月は女子プロ野球のナイターを見に京都市内にあるわかさスタジアムまで行ってきました。

試合前にイベントがあったためかいつもより観客が多かったように思います。

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今回は京都フローラ対埼玉アストライア。6対1でフローラの勝ちの試合を見ることができました。

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試合内容を楽しむのはもちろんですが、我が家の娘たちが毎回何よりも楽しみにしているのは試合終了後の選手との(勝手に)交流です。

三女は大好きな京都フローラの只埜榛奈(ただのはるな)選手から(すでに何回もしてもらっているにもかかわらず)サインをもらったり、

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早田咲紀(そうださき)選手と3姉妹一緒に写真も撮らせてもらいました。

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*         *         *  

8月は京セラドームまでオリックスバファローズ対千葉ロッテマリーンズの試合を見に行きました。

試合前にドーム前の特設ステージでいつもいろいろなイベントをやっています。このときは「親子ヒーロープロジェクト」といって動物戦隊ジュウオウジャーが来ることになっていました。

私たちはすでに戦隊ものには興味がないのですが、【ジュウオウジャーと一緒にスタメン花道ハイタッチ!】という企画があったので、娘たちは参加する気満々。

暑い中、ステージの前席に陣取り、その機会をうかがっていました。

はじめにBsガールズのライブがあり、その次に球団マスコットたちのコーナーが続きました。

なんとそこで、長女と次女がブルくんとベルちゃんに選ばれて“絵しりとり合戦”に参加することに!!

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制限時間内にたくさん絵を描いた方が勝ちだったのですが、6対4でオリックスチームが勝ちました~!!

娘たちは記念にブルくんとベルちゃんのサイン色紙をもらっていました。

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この後はちびっ子たちの待っていたジュウオウジャーが登場する戦隊ものショー、

ようやくハイタッチに参加する子どもたちを決めるジャンケン大会が行われました。

たまたま参加する子どもたちが少なかったこともあってか、次女がハイタッチに参加できることに☆

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長女も次女も、試合前にすっかり楽しんだこの日、試合結果は、、、、0対2で残念ながらオリックスが負けました。

ちなみに我が家がオリックスの試合を見に行って7連敗です。。。。それでもまた見に行くの??

*          *          *

この季節外せないのが、ここ↓

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どこだかわかりますか?7時過ぎの時点でこの人の数です。。

はい、甲子園です。

「夏の高校野球を今年もぜひとも見に行きたい!!」と長女と次女が懇願して、お父さんに連れて行ってもらいました。

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暑い中、第1試合から第4試合まで全部見てきました。

朝4時半に家を出て、帰ってきたのが夜の10時半でした。ごくろうさま。

三女もはじめ甲子園に行きたがっていたのですが、真夏の4試合はさすがに体力的に無理と判断し、代わりにこんなこと↓してました。

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私たちが泊まったのは美山町自然文化村の第1オートキャンプ場の林間サイトです。

第1オートキャンプ場は青空サイトと林間サイトという区画の他に、炊事棟とトイレがある簡素なキャンプ施設です。

第2オートキャンプ場は個別に電源と炊事場・かまどもついている区画で、その分少し値段もあがります。

天気が不安定であったのと、事前に予約するとキャンセル料がかかることもあり、逆にこの天気であれば予約で埋まることもないだろうと、当日受付にしました。

受付を済ませると分別用のゴミ袋を5枚もらえました。ゴミを持って移動するのも大変なので助かります。

↓この手前が青空サイトで、奥の木々の間が林間サイトになります。

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今回も食事係は子どもたちです。娘たちがお昼分のカレーも合わせて準備。

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息子は火の当番?

BBQ用のコンロを持っていくかどうかで迷ったのですが、荷物の場所を取ることと、天気のことも気にかかり、キャンプ用のガスコンロを3台にしました。↓この手のコンロ、私たち以外の人たちは使っているのを見かけませんでした。

皆さんBBQコンロがメインかな?

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朝食は持参したパンや美山で買った牛乳と平飼い卵をゆで卵にして食べました。

いまにも雨が降りだしそうな天気だったので、お昼のカレーも朝食の合間に作ります。

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朝食後は次女と三女が楽しみにしていた川遊びへ。

第2オートキャンプ場の下の川は、ながれもゆるく深いところがないので安全に遊べます。

小さな魚もたくさんいました。

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しかし、、ここで雨がポツポツと降り出しました。引き揚げるか、もうちょっと様子を見ながら遊ぶか迷い、雨がよけられる場所まで移動して遊び続けることにしました。

が、この後雨があがるどころかどんどん本降りに…。娘たちはもっと遊びたがっていたけれど、それを遮ってモモさんが撤収の号令をかけました。

「前に進むことよりも、撤退することの方が決断は難しい。そのために取り返しのつかない間違いに繋がることがしばしばある」というようなことをいいました。

雨の中急いでテントサイトまで戻ると、留守番していた息子が濡れたら困るものはすべて車の中に避難させてくれていました。

お昼ご飯は雨をしのぐため炊事場の空きスペースで済ませました。

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午後は、芦生の森へ行ってみることにしました。

芦生の森は京都大学が演習林として使用している原生林です。

一般の人は立ち入り禁止だと思っていたところ、前日に美山在住の知人から手続きをすれば当日でも入れると聞いて、行ったのです。

この頃には雨もほとんどやんでいました。

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念のため、演習林から出てきたハイカーの人にも確認。「一般の人でも入れるけれど、その格好で行かれるんですか?」と驚いた目で見られました。

娘たちは半袖、半ズボン、肌むき出しなので当然ですね。。ハイカーの人は登山の格好をしていました。

ふつうの人なら当然引き替えした方がいいと思いますが、私たちは一応山の住人で森の中も都会の人よりは慣れています。

それでも確かに自然を甘く見てはいけないので、トロッコ道ルートではなく、車道ルートを短時間歩いてみることにしました。

入口から1キロくらいを歩いてみたのですが、その間の景色は私たちの近所の林道とあまり変わりないように見えました。

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ただ、変わりあるところといえば、木々の幹が太い、そして高い。

こんなに太い幹は私たちの家の周りでは見かけません。

私たちが歩いたところは植林が多く原生林とは言えない里山の風景でした。

もっと奥まで行けたらよかったのですが、行き当たりばったりで行くのは自然をなめていると思い、引き返しました。

次の機会はもっとしっかり準備をして、もう少し奥まで挑戦してみたいと思います。

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この後、広河原、花脊、鞍馬を通り抜け北山の風景を見ながら京都市内へ帰ってきました。

今回も想定外のハプニングがあったり、ハラハラドキドキする場面が何度かあったのですが、子どもたちの感想は「楽しかった!!」です。

天気がよかったらもっとよかったんだけれど、キャンプの楽しみは予測不能な状況をどう過ごすのか、というのもあるかもれません。

意外と京都北部も行きやすいことがわかったので、また丹後方面にも行ってみたいと思いました。

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